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- 河口村(中世)とは
「河口村(中世)」の関連ワード⇒ 赤田組(近世) 飯詰組(近世) 石浜村(近世)
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![]() | 河口村(中世) 南北朝期~室町期に見える村名 |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
![]() | 河口村(中世) 戦国期に見える村名... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
![]() | 河口村(中世) 織豊期に見える村名高岡郡のうち天正17年の別符山五名内久喜名他一名地検帳に「河口村」と見え,11筆が記され,当村分の面積は4町1反余うち中屋敷4反余・下田22代余・切畑3町6反居屋敷が3あり,2筆の「川クチヤシキ」には式部・源左衛門がおり,ホノギ「川口」にある屋敷には善次良がいるが,切畑は全筆式部の名請となっているすべて久喜名で,片岡分現在の吾川【あがわ】村加枝のうちに比定される... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
![]() | 河口村(中世) 南北朝期に見える村名出羽国山本郡のうち初見史料は年欠(南北朝期)の「山本郡村々年貢日記」(新渡戸文書)この史料によれば,当村が所当布28段3尺7寸・代銭869文を負担すると記載されている当時の地頭は加藤氏と推定される現在の協和町下淀川字川口の一帯がその比定地地名の由来は淀川の河口の位置にあることによる... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
![]() | 河口村(中世) 戦国期に見える村名... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」