ケータイ辞書JLogosロゴ 中野村(近世)


和歌山県>吉備町

江戸期〜明治12年の村名有田【ありだ】郡のうち有田川下流南方に位置する和歌山藩領知行所藤並組に所属村高は,慶長検地高目録では237石余,ほかに小物成1斗余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに240石余なお「旧高旧領」には「藤並中野村」と見える「続風土記」によれば,田畑高240石余,家数17軒・人数75稲作とミカン栽培が盛んであった産土神は奥【おき】村の八幡宮氏神は天満村の天満神社神社は妙見社・蔵王権現社・森神社寺院は臨済宗長楽寺同寺は法灯国師の隠居所として鎌倉期の創建といわれる(名所図会)また室町期の建築である仏殿は県文化財,境内の宝篋印塔は町の文化財となっているなお幕末には地士平林甚右衛門がいた(南紀徳川史11)明治4年和歌山県に所属同6年には戸数23,男56・女38同12年植野村となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7405631
最終更新日:2009-03-01




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