ケータイ辞書JLogosロゴ 赤池村(近世)


鳥取県>羽合町

 江戸期〜明治22年の村名。伯耆【ほうき】国河村郡のうち。鳥取藩領。村高は,拝領高200石余,「元禄郷村帳」245石余,「天保郷帳」258石余(うち新田高57石余),「元治郷村帳」259石余,「旧高旧領」260石余。元禄の本免は5.3,「元治郷村帳」の物成は130石余。戸数は「文久3年組合帳」10戸。宝暦年間の村の状況は,悪田加損6石,川役銀25匁,棟1軒役高20人役,人数38人(禅門1を含む),氏神は荒神(河村郡村々諸事控/近藤家文書)。荒神は素盞嗚尊を祀り,摂社に稲荷大明神があった(嘉永3年神社改帳)。赤池観音堂は承応3年戸崎玄蕃が創建したと伝えられ,薬師如来と子安観世音菩薩を安置する。享保9年6月,当村ほか4か村と下橋津村との間に上橋津村分領の草山の入会をめぐり争論が起こった(県史9)。文久2年8月,東郷池川口に河村郡松崎町・同郡下浅津村の者が大敷網同様に仕立てた大持網を差入れたため川下に位置する当村および橋津・上橋津・南谷4か村は漁業が困難となり,藩にこの旨を訴え,大持網使用は禁止された(県史13)。明治4年鳥取県,同9年島根県,同14年再び鳥取県に所属。同22年橋津村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7407133
最終更新日:2009-03-01




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