ケータイ辞書JLogosロゴ 浅津(中世)


鳥取県>羽合町

 室町期に見える地名。伯耆【ほうき】国河村郡東郷荘のうち。明徳3年正月11日相季譲状(松尾神社文書/大日料7-1)に,「伯耆国東郷庄内浅津預所職,□□西山分,其外預田参町,〈在所⊏⊐段別五百□□〉」と見える。この文書は「別相伝社領」として相季が所有していた所職所領を正祝相勝に譲渡する旨を記したもので,松尾神社領荘園である東郷荘のうちの浅津が独立した所領として,独自の支配を受けていたことが知られる。正嘉2年に作成された伯耆国河村郡東郷荘下地中分図(柳沢真次郎氏所蔵/日本荘園絵図集成上)によると,この地域は,当時「伯井田」と呼ばれている。近世には上浅津・下浅津に分かれた。地内(下浅津)には「当国真宗最初ノ道場」といわれる香宝寺があり,永正元年慈眼堂廓道によって建立されたという。明治4年2月に16代住職大誓が記した「松風山香宝寺世代略記」によると,同寺は羽衣石【うえし】城主南条氏の祈願所であった天台宗慶相寺(一説に充満寺)の住職廓道が,本願寺8代蓮如に帰依して浄土真宗に転じ,慶相寺を出て別院のあった浅津にこれを建て,2代宣流堂祐尊の活躍により大いに繁栄するようになったという(県史2)。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7407206
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ