ケータイ辞書JLogosロゴ 姉泊村(近世)


鳥取県>気高町

江戸期〜明治10年の村名因幡【いなば】国気多【けた】郡のうち長尾鼻の東の基部,日本海沿岸部に位置する鳥取藩領もとは姫路村の枝郷であったが,享和3年地先新田として幕府に届出,天保5年に分村した(藩史5)村高は,「天保郷帳」200石余(うち新田高114石余),「元治郷村帳」243石余,「旧高旧領」235石余元禄の本免は4.4,「元治郷村帳」の物成は79石余戸数は,「因幡志」27,「文久3年組合帳」36「因幡志」によれば,八幡村から15町,下原村から12町,母木新町【ほうぎしんまち】村から伯州海道を39町24間,浜村から21町36間,氏神の祭神は荒神幸神新田開発によって成立した村で,その後も周辺地域の新田開発は進められ,とくに文化12年には姉泊新田の開発が完成した姉泊新田の完成にあたって藩は,姉泊新田の地域が以前下原村の草山であったので下原村はこれまでどおり周辺で草を刈ることを認め,また姉泊新田の用水は下原村から引いてくること,新田の防砂林に松を植えこれを伐り取らないこと,などの布告を出した文化12年10月姉泊新田に居住することが認められ,12月22日姉泊新田の村人から「下原・姉泊両村と一和致し,相働」くとの誓約文が藩へ提出された(県史10)半農半漁で製塩も行われ,また享保16年には不漁のため運上油ができず,銀納とされた(県史9)文化12年11月27日但馬国の船が姉泊沖で難船したが,このとき「村方不埒之筋」があって,組頭・庄屋以下が入牢・閉門となった(県史10)明治4年鳥取県,同9年島根県に所属同10年姫路村と合併し八束水【やつかみ】村となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7407217
最終更新日:2009-03-01




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