ケータイ辞書JLogosロゴ 飯里村(近世)


鳥取県>気高町

 江戸期〜明治22年の村名。因幡【いなば】国気多【けた】郡のうち。鳥取藩領。村高は,拝領高160石余,「元禄郷村帳」160石余,「天保郷帳」184石余(うち新田高24石余),「元治郷村帳」185石余,「旧高旧領」180石余。元禄の本免は5.6,「元治郷村帳」の物成は102石余。戸数は,「因幡志」28,「文久3年組合帳」27。「因幡志」によると,北の上原村へ3町,氏神は鷲峰大明神,辻堂の本尊は毘沙門。草山入会争論が,享保18年には殿・小別所・下石【おろじ】・原井手上の4か村とともに小畑村との間で,山東・山西の境の山の尾根あたりの草山入会地をめぐって起き,延享4年には逢坂谷の殿・下石・原井手上の3か村とともに小別所村との間で起きた(県史9)。明治4年鳥取県,同9年島根県,同14年再び鳥取県に所属。同18年殿小学校が殿村から移転してきた。同22年逢坂村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7407246
最終更新日:2009-03-01




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