ケータイ辞書JLogosロゴ 馬野(中世)


鳥取県>羽合町

鎌倉期から見える地名伯耆【ほうき】国河村郡東郷荘のうち正嘉2年に作成された伯耆国河村郡東郷荘下地中分図(柳沢真次郎氏所蔵/日本荘園絵図集成上)に「馬野〈東分〉」「馬野〈西分〉」と見えるのが初見絵図中に見える東分・西分はそれぞれ地頭方と領家方とを意味し,この下地中分に際し馬野が両者によって分割されたことがわかる同絵図によると,馬野地域には10匹の馬が描かれ,ここで放牧の行われていたことを示している馬野なる地名もおそらく緩かな台地からなるこの地域での放牧と関係があるのであろう中世にはこの台地上にある山を馬野山・馬山と称し,天正9年鳥取城救援のため東進した吉川元春はこの山に着陣して豊臣秀吉軍の迎撃をはかった(県史2)天正9年と推定される年未詳12月10日吉川元春書状(萩閥2)に「御方儀今度馬野山在番之儀申越候,納得之段本望候」とあるのは,この時のものである下地中分図によって見ると,馬野は東郷池から北流して日本海に注ぐ橋津川が大きく屈曲するあたりの東方,現在の羽合【はわい】町南谷地域に当たっている
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7407477
最終更新日:2009-03-01




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