ケータイ辞書JLogosロゴ 会下村(近世)


鳥取県>気高町

 江戸期〜明治22年の村名。因幡【いなば】国気多【けた】郡のうち。鳥取藩領。村高は,拝領高318石余,「元禄郷村帳」350石余,「天保郷帳」355石余(うち新田高37石余),「元治郷村帳」356石余,「旧高旧領」359石余。元禄の本免は4.7,「元治郷村帳」の物成は150石余。戸数は,「因幡志」49,「文久3年組合帳」46。氏神は高江村にある諏訪大明神,また一説には八幡村の八幡宮ともいう。ほかに禅入寺と号す薬師堂があり,本尊の薬師は行基作と伝えられる当郡七仏の第2番にあたるものである(因幡志)。元文5年高江・郡家【こおげ】・八幡・下原の4か村とともに養郷村との間で草山入会争論が起きた(県史9)。明治4年鳥取県,同9年島根県,同14年再び鳥取県に所属。同22年逢坂村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7407496
最終更新日:2009-03-01




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