ケータイ辞書JLogosロゴ 大杉村(中世)


鳥取県>気高町

室町期から見える村名因幡【いなば】国気多【けた】郡光元保下村のうち明徳5年7月1日弾正忠長氏寄進状(前田家所蔵文書/大日料7-1)に「所譲与所領〈大杉用木〉両村〈於〉」と見えるのが初見この文書は弾正忠長氏が南禅寺慈聖院に光元保下村内戸嶋村を寄進し,もしこれに背いた場合には戸嶋村の替わりに大杉・用木両村を南禅寺に進めるというもので,ともに光元保下村内の忠長氏所領であったことが知られる康正2年造内裏段銭并国役引付(群書28)には「三百卅四文……斎藤兵庫殿〈因州大杉村段銭〉」と見え,斎藤兵庫がこの当時における大杉村の領主であったと推定される「因幡志」の記すところによると,当村の後山に城址があり筒見氏の根拠ではなかったかという今日大杉なる地名は残されていないが,近世の下光元村,現在の気高【けたか】町下光元のうちにあたる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7407597
最終更新日:2009-03-01




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