ケータイ辞書JLogosロゴ 奥沢見村(近世)


鳥取県>気高町

 江戸期〜明治22年の村名。因幡【いなば】国気多【けた】郡のうち。鳥取藩領。村高は,拝領高309石余,「元禄郷村帳」309石余,「天保郷帳」370石余(うち新田高60石余),「元治郷村帳」369石余,「旧高旧領」374石余。元禄の本免は5.5,「元治郷村帳」の物成は172石余。戸数は,「因幡志」56,「文久3年組合帳」61。枝郷に溝後【みぞしり】村があり,享和3年新田として幕府に届けられた(藩史5)。「稲葉民談記」によると,産物は水尻池のボラ・イナ・鰻・コノシロ・車鰕。寛保元年7月水尻池周辺に鳥獣禁猟の布告がだされた。明和8年4月に鰯地引網,天明元年11月には鰯小網の許可を求める願い出があり,いずれも藩から許可されている。願書から鰯は食用だけでなく,肥料としても利用されていたことが知られる(県史9)。氏神は板屋大明神で祭日は9月9日,社領は4石5斗8升,ほかに阿弥陀を本尊とする辻堂がある(因幡志)。明治4年鳥取県,同9年島根県,同14年再び鳥取県に所属。明治8年奥沢見小学校が開校。同22年宝木【ほうぎ】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7407698
最終更新日:2009-03-01




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