ケータイ辞書JLogosロゴ 奥沢見(近代)


鳥取県>気高町

 明治22年〜現在の大字名。はじめ宝木村,昭和30年からは気高【けたか】町の大字。明治24年の戸数72・人口403(徴発物件一覧)。奥沢見小学校は同36年宝木小学校に編入となり廃校。大正3年水尻池は池として漁業するよりは開墾して耕地にした方が利益があるとして(宝木村議事録),最初は宝木村が主体となって干拓が計画された。しかし大正4年西垣氏により個人事業としての干拓が始められた。干拓工事は池の奥部,奥沢見集落の排水を,池の西山麓に「廻し堀」の堤を作り日本海へ導き,さらに水尻池の水位が海面とほぼ同位であるので,ポンプによる排水を行うものである。この結果大正10年までに約24町歩の新田が開発された。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7407699
最終更新日:2009-03-01




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