ケータイ辞書JLogosロゴ 勝見郷(古代)


鳥取県>気高町

 奈良期〜平安期に見える郷名。「和名抄」因幡【いなば】国気多【けた】郡七郷の1つ。高山寺本には「波見」と見える。「平城宮木簡」に「因幡国気多郡勝見郷」と見えるのが初見。同木簡には「中男神部直勝見磨作物,海藻大贄壱籠六斤太」とあり,郷内北部の日本海沿岸地域の海産物を都へ貢納していたものと思われる。平安期の勝見郷域は北は日本海,南は河内川に限られ,南北約5km・東西約1kmの狭長な地域と推定され,北部は現在の気高【けたか】町,中南部は鹿野町に比定される。中央部付近の鹿野町寺内には式内社加知弥神社が祀られ,奈良期の廃寺跡もある。近世の「因幡志」によると,この寺内廃寺はかつて「宝照寺と号し,今は薬師堂といふなり」とあり,また「院内一町二反,後に民家の敷地となる」とある。礎石は現在も集落内の薬師堂前にあり,昭和53年からの発掘調査で寺域の一部と南大門跡が確認された。勝見郷内の条里制の施行は現存地名からは実証できないが,天保14年の田畑地続全図や空中写真の地割からその施行が推定され,南大門跡から南へ延びる農道は,条里地割の南北線と思われる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7407870
最終更新日:2009-03-01




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