ケータイ辞書JLogosロゴ 上橋津村(近世)


鳥取県>羽合町

 江戸期〜明治22年の村名。伯耆【ほうき】国河村郡のうち。鳥取藩領。村高は,拝領高115石余,「元禄郷村帳」115石余,「天保郷帳」169石余(うち新田高53石余),「元治郷村帳」170石余,「旧高旧領」180石余。元禄の本免は5.6,「元治郷村帳」の物成は77石余。戸数は「文久3年組合帳」26戸。宝暦年間の村の状況は,定加損10石,池役銀60匁,藪役銀3匁8分,棟2軒役高40人役,人数101(禅門1を含む),氏神は三宝荒神(河村郡村々諸事控/近藤家文書)。三宝荒神は素盞嗚尊を祀り,摂社に稲荷大明神・地主神の2社があった(嘉永3年神社改帳)。文政5年,松崎町の者が東郷池川口へ大敷網を張ったため当村ほか5か村の漁業が困難となり,訴訟を起こした(県史10)。また文久2年にも,松崎町の者と下浅津村伊三郎とが申し合わせて東郷池川口へ大持網を差し入れたため,当村ほか3か村が訴えた(県史13)。幕末期の御船々并渡船帳によれば,渡船2騎立1艘・艪1挺があった。明治4年鳥取県,同9年島根県,同14年再び鳥取県に所属。同22年橋津村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7407974
最終更新日:2009-03-01




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