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河本村(近世) 江戸期~明治22年の村名 |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
河本村(近世) 江戸期~明治8年の村名備前国和気郡のうち川本村とも書いた杉沢山南麓,吉井川下流左岸に位置する村名は川沿いに立地することによるという天神山城主浦上宗景の子与次郎の墓がある宇喜多氏,小早川氏の支配を経て,慶長8年から岡山藩領村高は,「領分郷村高辻帳」49石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに57石余なお「備陽記」では,高49石余,反別3町1反余,家数17・人数89また化政期の和気郡手鑑(和気郡史)では,高49石余・又高8石余,田9反余・畑2町1反余,家数28・人数127,天神・明現・若宮・八幡・竜王の相殿があり,社家1軒・人数6,高瀬舟8明治4年岡山県に所属同8年岩戸村の一部となる... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
河本村(近世) 江戸期~明治22年の村名... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」