ケータイ辞書JLogosロゴ 下原村(近世)


鳥取県>気高町

 江戸期〜明治22年の村名。因幡【いなば】国気多【けた】郡のうち。鳥取藩領。村高は,拝領高325石余,「元禄郷村帳」394石余,「天保郷帳」391石余(うち新田高66石余),「元治郷村帳」392石余,「旧高旧領」396石余。元禄の本免は4.9,「元治郷村帳」の物成は182石余。戸数は,「因幡志」32,「文久3年組合帳」33。牛市が開設されていた(藩史5)。元文5年会下【えげ】・高江・八幡・郡家【こおげ】の逢坂谷4か村とともに養郷村との間で草山入会争論が起きたが,これは養郷村牓示の地域で逢坂谷5か村が草刈りを行ったことによる。藩の裁許は,まず自村牓示の草刈りを行い不足のときに養郷山の草刈りを認めるというものであった(県史9)。氏神は諏訪大明神末社の荒神3社と幸社1社,ほかに観音を本尊とする辻堂がある(因幡志)。明治4年鳥取県,同9年島根県,同14年再び鳥取県に所属。同22年正条村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7408630
最終更新日:2009-03-01




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