ケータイ辞書JLogosロゴ 長瀬宿(近代)


鳥取県>羽合町

 明治3〜22年の河村郡の村名。長瀬村が改称して成立。明治4年鳥取県,同9年島根県,同14年再び鳥取県に所属。明治6年長瀬小学校を開設,同7年の生徒数107(男97・女10),教員数1(県史近代5)。同12年の戸数351・人口1,557うち男763・女794,牛46・馬14,荷車1,日本形船22(共武政表)。同16年伯耆往来は鳥取〜米子間主要道路として改修され,同17年勝福寺前から田後【たじり】村を経由した天神橋に至る道路として開通した。宿には10数軒の旅館が並び馬方渡世や人力車夫の屯所もあった。明治14年内国通運分社取扱所が置かれ,同19年因伯馬車会社が倉吉〜橋津間を定期運行するようになった。明治18年因州志士山内篤処(衡)が当宿に居を構え,楽只館という私塾を開いた。同22年長瀬村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7409199
最終更新日:2009-03-01




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