ケータイ辞書JLogosロゴ 橋詰村(近世)


鳥取県>気高町

江戸期〜明治10年の村名因幡【いなば】国気多【けた】郡のうち逢坂谷の中央部に位置する地名の由来は,川に架けられた橋にちなむと考えられる(勝見名跡志)鳥取藩領村高は,拝領高249石余,「元禄郷村帳」281石余,「天保郷帳」290石余(うち新田高40石余),「元治郷村帳」286石余,「旧高旧領」290石余元禄の本免は5.0,「元治郷村帳」の物成は137石余戸数は,「因幡志」33,「文久3年組合帳」20山宮村から北へ15町,山宮村の枝村篠尾村より7町(因幡志)文化11年夏,当村と郡家【こおげ】村の水田が干害に見舞われた(県史10)牛市が開設されていた(藩史5)氏神は新宮村にある新宮大明神,村内には荒神が2社ある(因幡志)明治4年鳥取県,同9年島根県に所属同10年新宮村と合併して睦逢【むつお】村となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7409434
最終更新日:2009-03-01




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