ケータイ辞書JLogosロゴ 久留村(近世)


鳥取県>羽合町

 江戸期〜明治22年の村名。伯耆【ほうき】国河村郡のうち。鳥取藩領。もとは長瀬村の枝郷で,享和3年新田村として幕府に届け出た。村高は,「天保郷帳」には長瀬村新田と見え新田高として120石余,「元治郷村帳」319石余,「旧高旧領」323石余。本免は3.5(藩史5)。「元治郷村帳」の物成は110石余。戸数は「文久3年組合帳」21戸。河村郡村々諸事控(近藤家文書)によれば,定加損3石2斗,人数67,氏神は久留大明神。また同控には「無役所」と見えるが,これは天神川河跡の水田化に多大な労務を提供し,藩年貢増収に貢献した報償として軒役を免ぜられていたものと思われる(羽合町史前編)。享保9年6月,当村ほか4か村と下橋津(橋津)村との間で上橋津村分領の草山入会争論が発生(県史9)。当村は新田村で渡世が困難なため特別に糀造りが許可されていたが,他村でも同商売が広がったため,享保16年正月迷惑の旨を藩に訴え聞き入れられた(同前)。明治4年鳥取県,同9年島根県,同14年再び鳥取県に所属。同22年長瀬村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7409572
最終更新日:2009-03-01




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