ケータイ辞書JLogosロゴ 市山(中世)


島根県>桜江町

 南北朝期からみえる地名。石見国邑智郡のうち。暦応2年8月20日付の「小笠原貞宗代武田弥三郎入道軍忠状」(庵原文書/新県史史料編1)に「市山城」とみえるのが初見。この軍忠状は市山城に拠る宮方守護新田義氏らとの戦闘を記したもので,これ以前に市山がだれの支配下にあったかは明らかでない。「石見町誌」によると,市山地域はその後,川戸鏑腰城に拠る土屋氏(桜井氏ともいう)の支配下に置かれ,戦国期には福屋氏の領域圏に属したという。年月日未詳の「吉川広家領地付立」(吉川家文書/大日古9)には「市山 三百貫」とみえ,永禄5年に福屋氏が滅んだあと,当地域は吉川氏の支配下におかれたもののようである。元和3年4月23日の「吉川広家功臣人数帳」(同上)には,「高麗一番渡」より帰朝までの供衆の1人として「一山ノ小左衛門」がおり,市山はまた一山とも書かれたことが知られる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7410727
最終更新日:2009-03-01




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