ケータイ辞書JLogosロゴ 上山佐村(近世)


島根県>広瀬町

 江戸期〜明治22年の村名。出雲国能義【のぎ】郡のうち。江戸期ははじめ松江藩領,元禄年間以降は松江藩の支藩広瀬藩領。「天保郷帳」の村高は588石余。天保14年,幸谷鈩開業。明治4年島根県に所属。「皇国地誌」によると,田110町余・畑13町余・山林1,745町余・木の実山104町余,戸数225・人口897,牛159・馬10。村内に鉄山が5か所あり,明治7年から各年間9,000〜2万3,000貫を産出した。物産は牛13・馬3,苧麻100貫・ナガイモ50貫・木の実80石・中折紙1,500束を広瀬町へ出荷。ほかに針鉄285貫・鋼1万1,438貫・銑1万3,715貫・製鉄1万140貫・炭17万5,000貫・小炭10石などを産した。職業別戸数は農184・大工2・木挽3・表具1・紺屋1・鍛冶2・宿屋1・商4。山狭神社は村社,曹洞宗妙楽寺は天文2年の創建,真言宗常願寺は創建年が不詳。明治6年多和気山鈩開業。鈩製鉄が村の重要産業となる。同7年上山佐小学校開校。同8年能義郡下名【しもな】村を編入。同22年能義郡山佐村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7411551
最終更新日:2009-03-01




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