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- 月瀬村(近世)とは
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![]() | 月瀬村(近世) 江戸期~明治10年の村名伯耆【ほうき】国日野郡のうち大倉山南麓,日野川の支流石見【いわみ】川中流域に位置する鳥取藩領もとは1村をなしていたが,元禄14年駒崎村に合併し,同村の枝郷となる享和3年新田として幕府に届出,明治3年駒崎村から分村した(藩史5)ただし「伯耆志」「元治郷村帳」では1村として見え,領内ではこの頃すでに分村したものとして扱われている村高は,「元治郷村帳」80石余,「旧高旧領」81石余元禄の本免は5.7,「元治郷村帳」の物成は40石余戸口は,「伯耆志」16戸・94人「文久3年組合帳」17戸谷田峠を越えて備中国に抜ける街道が通り,安政3年宿送継場に指定され,慶応元年には木戸が設置された(藩史5)また制札場もあった(伯耆志)備中国との国境の地として重要視されたためである近世後期には義倉と社倉が1つずつであった名越家は宝暦年間に当村と駒崎村・山根村に名田下札68石余を有し,郡内各所で鉄山業を営んだ(日野山桜)「伯耆志」にはその下札の史料が収載されている「伯耆志」によれば,林45町余を有し,隣村へは東の神戸上【かどのかみ】村へ8町,西の友広村へ1町,南の駒崎村へ1町,北の花口村へ30町,産土神は大国主大明神,寺院は曹洞宗竜王山福重寺,大国主大明神の境内には小祠7があり,ほかに小祠19・辻堂1がある大国主大明神は周辺9か村の産土神で,社方1間4尺,祭日は9月21日,神主は多田氏,明治維新後月瀬神社と改称した福重寺は寛永年間頃黒坂泉竜寺2世吟嶺玄竜和尚の開山といわれ,釈迦如来を本尊とする明治4年鳥取県,同9年島根県に所属同10年山根・駒崎・下道場の3か村と合併して上石見【かみいわみ】村となる |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
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出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」