ケータイ辞書JLogosロゴ 赤田村(近世)


岡山県>岡山市

 江戸期〜明治22年の村名。備前国上道郡のうち。宇喜多氏,小早川氏の支配を経て,慶長8年から岡山藩領。村高は,「領分郷村高辻帳」320石余,「天保郷帳」443石余,「旧高旧領」444石余。また「備陽記」によると,高320石余,反別22町3反余,家数45・人数222,薬師堂1,枝村に石田がある。南方を山陽道が通る。岡山藩領手鑑では,田381石余・畑58石余ですべて給知,家数50・人数236。砂利が多くて滞水性のない土質のため,畑作が盛んで,人参の産地として知られた。明治4年岡山県に所属。同22年幡多村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7414446
最終更新日:2009-03-01




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