ケータイ辞書JLogosロゴ 浅川村(近世)


岡山県>岡山市

 江戸期〜明治22年の村名。備前国上道郡のうち。宇喜多氏,小早川氏の支配を経て,慶長8年から岡山藩領。村高は,「領分郷村高辻帳」477石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに555石余。また「備陽記」によると,高477石余,反別28町余,家数43・人数253。文政元年の手鑑では,家数37,人数159うち男87・女72,牛16。村内の中央部を延宝7年開削の倉安川が流れて用水と舟運の機能を果たした。北には西国街道が通る。氏神は大宮春日大明神(備陽国誌)。寺院に真言宗平等寺があったが,寛文年間の寺院淘汰策で廃寺となった(撮要録)。また正徳2年八幡宮が大多羅村へ移されて寄宮とされた(備陽国誌)。明治4年岡山県に所属。同13年黒住教福岡教会所(現浅川教会所)設立。同22年御休村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7414453
最終更新日:2009-03-01




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