ケータイ辞書JLogosロゴ 円城村(近世)


岡山県>加茂川町

 江戸期〜明治22年の村名。備前国津高郡のうち。宇喜多氏,小早川氏の支配を経て,慶長8年から岡山藩領。村高は,「領分郷村高辻帳」「備陽記」ともに268石余,「天保郷帳」502石余,「旧高旧領」498石余。反別と家数・人数は,「備陽記」で26町1反余,94軒・453人,枝村に案田がある。万治2年岡山藩は,元虎倉城主伊賀氏の遺臣を中心とする土豪百姓弾圧を目的に,加茂郷内の農民に由緒書などの写しの提出を命じたが,このとき提出した「加茂庄官十三流」の1つに当村の鶴旨氏がいる。同氏は藩の弾圧後も「古庄官」と呼ばれて裃の着用など特権的身分を維持した。天台宗円城寺は寺領20石,金川日置氏の菩提寺にもなり,門前には酒屋・茶屋・旅籠屋などの店舗が軒を並べ,近郷商業の中心地となった。天保4年同寺のほか町並みを全焼。明和2年本堂のほか医王院・地蔵院・提婆宮などが再建された。嘉永元年寺子屋が開かれ,寺子数男163・女10(県教育史)。なお寺子屋の教科書として作られた加茂郷往来に,産物として芋・牛蒡,ほかに峠谷の榊などが記される。明治4年岡山県に所属。同6年92番小学を地蔵院に設置。生徒数男99・女43(同前)。同8年案田村を分離。同13年新校舎落成,同15年円城小学校と改称。同22年上田村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7415020
最終更新日:2009-03-01




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