ケータイ辞書JLogosロゴ 奥津(中世)


岡山県>奥津町

 南北朝期から見える地名。美作国苫西郡のうち。貞和3年6月24日の刑部守延坊舎等譲状(広峰文書/兵庫県史史料編中世2)によれば,刑部守延が子女に譲与した坊舎・檀那・所従・資財・雑具などのうちに「ヲクツ」が見えるが,これは当地のことであろう。端裏書から文明13年と推定される9月5日の山名政之注進状(古文書)によれば,伯耆守護山名政之は山名氏惣領政豊に美作の軍事情勢を報告しているが,そのなかに「剰南条与力者共,同(美作)国奥津と申在所構城由候」とあり,山名政之に敵対した同元之・小太郎以下が伯耆国の竹田を没落させ,赤松氏被告大河原氏がこれを庇護し,それに与する南条氏らが当地に城郭を築いて立てこもっていたことが知られる。天正元年と推定される10月13日の小早川隆景書状写(萩藩閥閲録)によれば,毛利氏の因幡国鹿野(現島根県鹿野町)攻撃に際し「奥津・才原」方面へ軍勢と検使を差し遣わしている。年未詳11月17日の坂手一族宛井上弥左衛門尉則宅書状(岡田家文書/県古文書集3)では,当地における神事について真島大夫と一宮々国との相論を裁定し,非分の儀があれば安芸(毛利氏)へ報告すると述べている。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7415286
最終更新日:2009-03-01




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