ケータイ辞書JLogosロゴ 奥津川西村(近世)


岡山県>奥津町

 江戸期〜明治22年の村名。美作国西西条郡のうち。宇喜多氏,小早川氏の支配を経て,慶長8年津山藩領,享保11年幕府領,文化9年再び津山藩領,天保9年からは幕府領となり津山藩預り地。村高は,「作陽誌」201石余うち田163石余・畑37石余,「美作鬢鏡」326石余,「天保郷帳」「美作鏡」「旧高旧領」ともに340石余。「作陽誌」では家数49・人数235(男130・女105)。戦国期に建立された曹洞宗松隆山宝樹寺が廃寺となったのち慶長年間に臨済宗寺院として再興され,寛文4年には曹洞宗驪滝山宝珠寺と号するようになった。また,明治3年大釣の吉井川河岸の岩上に天台宗清滝山般若寺が建立された。倉敷県,北条県を経て,明治9年岡山県に所属。同19年大釣の般若寺で温泉が発見され,大釣温泉(般若寺温泉)といわれる。同22年奥津村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7415294
最終更新日:2009-03-01




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