ケータイ辞書JLogosロゴ 奥津川西(近代)


岡山県>奥津町

 明治22年〜現在の大字名。はじめ奥津村,昭和34年からは奥津町の大字。明治24年の戸数59,人口は男201・女167,学校1。同33年地内細田に奥津村・上斎原村組合立奥津高等小学校が設立され,同37年農業補習学校に変更し上斎原村との組合を分離,同40年高等科を設置し奥津尋常高等小学校,昭和22年奥津小学校と改称された。児童数は,大正14年173・昭和35年215・同45年112・同55年62・同63年60と激減し,複式学級を持つようになった。昭和35年奥津幼稚園開園,同40年奥津へき地保育所と改称。明治44年吉井川右岸の水原に伊茂岡鉱山が営業を開始し,蒼鉛を採掘して一時は作業員が100名に及んだが,経済不況のため2年で休止した。また水原には大正期に,付近のたたら製鉄で出た鉄滓を精練するために製練所が出来たが,あまり使用されず建物だけが現在も残っている。大正12年奥津郵便局が現在地に移築。昭和7年電信電話業務開始。昭和6年奥津発電所開設。同22年細田に奥津中学校開校,同41年統合により廃校。昭和36年国民宿舎錦山荘完成。かつて万灯原はスキー場として知られていたが,積雪量や他のスキー場の開設に伴い利用されなくなった。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7415295
最終更新日:2009-03-01




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