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岡山県>加茂川町

 明治22年〜現在の大字名。はじめ加茂村,昭和7年津賀村,同30年からは加茂川町の大字。明治24年の戸数112,男251・女244,学校1。同41年加茂高等小学校分教場に高等科を併置,加茂尋常高等小学校となる。大正10年には生徒数の増加に伴い,民家を一教室にあてた。生徒数247・学級数6(御津郡誌)。同11年小作人74名からなる加茂村小作組合を結成,翌12年小作料の2割5分減額を要求し,地主に嘆願書を提出。これに対し地主22名は上加茂地主組合を結成,翌13年にかけて小作争議となったが,大正12年に限り1割5分,特に不作のものに限り3割〜3割5分の減額で解決した(小作争議ノ沿革及現況),昭和7年加茂小学校を津賀東小学校と改称。同23年御津高校御北分校津賀校舎を津賀小学校・津賀東中学校敷地内に創設。同校は翌24年金川高校の所属となり,同31年には円城・豊岡両校舎と統合され閉校となる。同33年津賀東小学校・津賀南両小学校を統合,津賀小学校と改称し,翌34年現在地へ新築移転(加茂川町史)。同40年清常橋完成。同52年特別養護老人ホーム加茂川荘完成。昭和30年代後半から過疎化が進行。世帯数・人口は,昭和30年132・660(男342・女318),同60年117・417(男188・女229)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7415721
最終更新日:2009-03-01




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