ケータイ辞書JLogosロゴ 久田下原村(近世)


岡山県>奥津町

 江戸期〜明治22年の村名。美作国西西条郡のうち。宇喜多氏,小早川氏の支配を経て,慶長8年津山藩領,享保11年幕府領,文化14年再び津山藩領,天保9年からは幕府領となり津山藩預り地。村高は,「作陽誌」382石余うち田258石余・畑124石余,「美作鬢鏡」459石余,「天保郷帳」524石余,「美作鏡」「旧高旧領」ともに470石余。江戸中期には長土路分を分村していたと思われる。「作陽誌」では家数65・人数317。「森家先代実録」には久田の特産物に石灰とあり,地内清水に石灰採掘跡がある。文政年間広戸久左衛門の寺子屋があった。倉敷県,北条県を経て,明治9年岡山県に所属。明治5年長土路分を合併。同7年自励小学校開校。同22年久田村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7416211
最終更新日:2009-03-01




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