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岡山県>岡山市

 明治22年〜現在の大字名。はじめ財田村,昭和25年財田町,同29年からは岡山市の大字。明治24年の戸数50,人口は男117・女125。第2次大戦前は米麦生産中心の純農村地帯であったが,昭和30年後半に国道2号が開通,さらに中央部に県道九蟠東岡山停車場線が完成して交通体系が整備された。近年北部が工業地域,南西部が住居地域に変貌しつつある。昭和9年の風水害時には百間川の決壊により甚大な水害を受けた。昭和19年中国銀行長岡支店開行,同48年には水内ゴムが進出。氏神の浮田神社は水害に備えて社地が地上げしてあり,本殿は明治28年に再建。昭和45年の世帯数135・人口498(男235・女263)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7416931
最終更新日:2009-03-01




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