ケータイ辞書JLogosロゴ 深田村(近世)


岡山県>鴨方町

 江戸期〜明治22年の村名。備中国浅口郡のうち。毛利氏の支配を経て,慶長5年幕府領,寛永9年岡山藩領,寛文12年からは鴨方藩領。もとは河村の一部か。村高は,備中古図,元禄年間の検地(浅口郡誌)では362石余,「備中至宝記」「備中村鑑」ともに727石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに730石余。元禄14年の家数105,田畑32町余(鴨方町誌)。文政11年の家数130・人数758。地内に曹洞宗瑞泉寺跡がある(備中誌)。また,同宗金泉寺は,元和2年の検地帳に寺領が記載されるが,寛文年間岡山藩主池田光政の寺院淘汰の対象となり,その寺跡がある。光政の神社整理により当村128社は鴨方村103社などとともに地頭上村の日吉宮に寄宮。九州配流の途中,菅原道真が登ったという天満山に,当村と西小坂村・池口村で合議して祠を建て天満天神と称していたが,寛文6年光政の神社整理によって廃され,延宝年間天神祠が3か村で各々分祀されたという。鴨方県,深津県,小田県を経て,明治8年岡山県に所属。同年字立脇に懐徳小学が開かれ,寺子屋の児童を移して教育,同20年尋常観生小学校の分教場となる。明治12年の村誌では,戸数192,神社2,人数は男412・女373,物産は米400石・麦250石・大麦20石・小豆10石・粟20石・小麦150石・菜種子20石・綿1,000貫目・木綿500反・手箒1万本・藍50貫目など。同22年鴨方村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7419220
最終更新日:2009-03-01




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