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- 福田村(近世)とは
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![]() | 福田村(近世) 江戸期~明治22年の村名 |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
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![]() | 福田村(近世) 江戸期~明治17年の村名越前国足羽【あすわ】郡のうち足羽川が福井平野へ流れ出てきたあたりの左岸,城山(槙山)の北西に位置する福井藩領「正保郷帳」では,東郷・上東郷村とともに東郷町としてまとめて記載され,その高は田方1,293石余・畑方305石余の計1,598石余「元禄郷帳」では「東郷町之枝郷 福田村」と見え,村高511石余「名蹟考」「天保郷帳」「旧高旧領」ともに同高中世城館跡としては,「城蹟考」に朝倉宗滴・柴田勝家家臣安井左近家清の屋敷跡として「福田村際北方畑之内東西四十間南北三十間計 自福井弐里」とあるが,一説に現在の場所は不明(福井県の中・近世城館跡)東郷地籍の昭恩寺の西隣,字下館・五郎右衛門館に比定する説もある寺院には曹洞宗永昌寺がある創建年代は不明であるが,朝倉孝景後室の法名桂室永昌が,子の宗勝の菩提のため建立したと考えられ,寺名もこれに由来すると思われる宗勝・永昌本人・実弟宗滴の位牌がある朝倉氏滅亡後,東郷槙山城主長谷川秀一から3反7畝余の寄進をうけ菩提寺となった結城秀康は寺屋敷高6石余の寄進をしている神社には白山神社があり,祭神は伊弉冉尊天正6年朝倉家臣福田五郎右衛門の館跡に移転明治40年稲荷神社を合祀した水利は,一部は徳光用水を無役で利用し,一部は六糸用水に加盟していたまた上東郷村内の越石は,一村扱いで用水に加盟していたが,明治14年に脱退明治4年福井県,以降足羽県,敦賀県,石川県を経て,同14年に福井県に所属「改正敦賀県管轄区分表」による戸数39同17年東郷村と合併して東郷二ケ村となる(足羽郡誌)なお合併の年については,明治9年の地租改正時とする地方文書もあるが(徳光用水文書/足羽町の古文書),同14年の県統計書によれば,まだ福田村に戸長役場が設置されていることから,同17年の合併とみるべきであろう... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
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出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
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出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
![]() | 福田村(近世) 江戸期~明治初期の村名... |
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