ケータイ辞書JLogosロゴ 宮河内(近代)


岡山県>哲多町

 明治22年〜現在の大字名。はじめ本郷村,昭和30年からは哲多町の大字。明治24年の戸数139,人口は男395・女412,学校1。第2次大戦までは養蚕が盛んであったが,その後昭和30年代までは米・麦・和牛・薪炭などの生産が多かった。昭和16年地内西屋・中山に石灰岩を原料とする石粉工場が開設された。江戸期に採掘された河本鉱山のほか,銅・鉄・クロームなどを主に採取した赤畑・水昌・滝丸・中山・起迫・唐櫃・鼻孔などの鉱山が大正期から昭和初年にかけて採掘されたが,昭和20年代ほとんどが閉山した。明治23年宮河内簡易小学校は本郷尋常小学校の分教場となったが,同26年宮河内尋常小学校となり,同33年西屋に校舎を新築した。同37年再び本郷尋常小学校の分教場となったが,同40年独立した。同43年豊岡八幡宮・高知山八幡宮は成松諏訪山八幡宮に合祀されたが,昭和25年豊岡八幡宮はもとの場所に再び遷座された。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7419826
最終更新日:2009-03-01




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