ケータイ辞書JLogosロゴ 赤坂郷(古代)


広島県>福山市

 奈良期〜平安期に見える郷名。「和名抄」備後国沼隈郡四郷の1つ。すでに平城宮出土木簡に「備後国沼隈郡赤坂郷中男黒葛十斤」と見える。現福山市赤坂町赤坂が遺称地であるが,郷域については,「地理志料」が赤坂・加屋・山北【さぼく】・地頭分に,「地名辞書」が赤坂・神村【かむら】・柳津に比定している。赤坂地内北部の長者原には承平・天慶年間に新庄太郎実秀が蟠踞していたという。新庄氏の娘明子は16歳で村上天皇の妃となり,天暦6年空也上人に命じて郷里に近い鞆津【ともつ】に観音堂を建立したと伝える。長者原には伝新庄氏一族屋敷跡があり,長者原大明神が祀られている。鎌倉期には現赤坂一帯は津宇本郷と呼ばれ,「水呑町史」は中世には津本郷と考えられるとする。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7420493
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ