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広島県>福山市

 室町期から見える地名。沼隈郡のうち。文明3年6月の西国寺不断経修業勧進并上銭帳に「西国寺上銭之事」として「五百文 赤坂西福寺栄秀」「三百文 赤坂泉蔵坊 快善」と見える(西国寺文書)。天正15年正月2日,豊臣秀吉の九州出兵に際し,毛利輝元は赤坂の豊臣秀吉宿所誘えにつき法度を定め(閥閲録20),3日には側近二宮就辰に赤坂御宿についての指令を送っている(譜録)。同年3月12日に秀吉は九州に下向する際,赤坂に立ち寄り室町幕府15代将軍足利義昭と対面している(九州御動座記)。この時随行していた秀吉の右筆世尊寺流の書家大響正虎(楠長諳)は当地で「春の色いたらぬ方もなしとてやかたつゐ中も花の咲くらん」と詠じている(楠長諳下向記)。なお地内には村上秀成の居城跡という川上城跡がある。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7420494
最終更新日:2009-03-01




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