ケータイ辞書JLogosロゴ 泉吉田村(近世)


広島県>君田村

 江戸期〜明治22年の村名。備後国三次【みよし】郡のうち。はじめ広島藩領,寛永9年三次藩領,享保5年から再び広島藩領。村高は,元和5年「知行帳」69石余,「芸藩通志」224石余,「天保郷帳」69石余,「旧高旧領」224石余。戸数・人数および牛馬は,享保7年の「三次郡覚書」33(本百姓25・名子8)・149,牛6・馬4,「芸藩通志」30・134,牛31・馬17。「芸藩通志」によれば,村の広さは東西26町・南北15町の山間の村で,農間余業に鉄穴場で砂鉄を採取し松脂を採った。神社に八幡宮があった。「国郡志恵蘇郡辻」によれば,三次郡に属する当村ほか3か村は,中世には恵蘇郡に含まれていたとし,三次郡へ所属した時期は不明としている。明治4年広島県に所属。同21年の戸数61・人口330。同22年君田村の大字となる。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7420679
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ