ケータイ辞書JLogosロゴ 斎島(近世)


広島県>豊浜町

 江戸期〜明治22年の村名。安芸国豊田郡のうち。広島藩領。蔵入地。村高は,元和5年「知行帳」では大崎島2,656石余のうち,「芸藩通志」3石余,「天保郷帳」では大崎島3,772石余のうち,「旧高旧領」3石余。「芸藩通志」によれば,村の規模は東西・南北とも各7町,戸数65・人数285,牛7,舟数80石以下30。また海中の小島で,漁業を主として農業・木樵も行うとある。神社は,もと斎親王を祀る社があったが廃して,その跡に蛭子社(現蛭子神社)を建てたという。祭神は蛭児神。庄屋は江戸初期から鷹橋家が代々世襲し,九郎三郎に至る。元禄6年頃漁夫又右衛門が鳥附網代(アビ漁業)を考案し,今日までこの漁法による一本釣漁業が行われている。明治4年広島県に所属。同13年小学校信汎館を創立した。教師は豊田郡川尻町の真光寺僧侶。同21年の戸数91・人口445。同22年豊浜村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7420717
最終更新日:2009-03-01




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