ケータイ辞書JLogosロゴ 大串(近代)


広島県>大崎町

 明治22年〜現在の大字名。はじめ西野村,昭和30年からは大崎町の大字。明治24年の戸数173・人口750。同29年海岸近くに辰田造船所が設立され,西野村西部における唯一の造船所として,和船・漁船・伝馬船の建造,修理が第2次大戦中続けられていたが,その後木船が少なくなり廃業した。同44年たびたび決壊していた入相新開が二重堤防に補強され,塩田や田も整備されたので,当地も農業が主体となり,大正元年に煙草,続いて柑橘栽培も導入された。また島であるために青年は船員として海で活曜する者が増えた。明治39年には,西野尋常小学校も当地に近い薬研谷を造成し,新築移転するとともに,同44年高等科を併置,西野尋常高等小学校と改称した。同41年西野青年会ができ,同43年青年のため実業補習学校を小学校に併設,また同45年には西野婦人会が結成された。大正14年農業者の団体大串信用販売購買利用組合ができ,翌15年当地に電灯がともった。昭和7年組合に電話がつけられた。この年原田〜当地間の県道が改修され通学の便がよくなった。同19年従来の産業組合と農会が合併,大串農業会が結成され,同23年大串農協となった。同26年には大串湾70ha5か年継続干拓事業という大工事が始められたが,予定通り進まず同42年完成した。しかし潮が吹くため耕地にならず放置されている。昭和32年大崎の天の橋立といわれていた大串外浜海岸に海水浴場が開かれた。同43年には東野町まで大崎バスが開通した。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7420982
最終更新日:2009-03-01




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