ケータイ辞書JLogosロゴ 大西町(近世)


広島県>宮島町

江戸期の町名厳島神社西方の西町のうち厳島神社出口から西側,清盛塚のある経の尾(西崎ともいう)に囲まれ,大元浦へ行く道を中心に形成された町町名の由来は神社の西方に位置しているため天文10年3月22日の厳島屋敷打渡注文に大西とあり(大願寺文書),町屋敷が見えるまた文禄5年の厳島社社家内侍屋敷賦注文に「北西倉小路」とあるが,大西町内と考えられる近世初頭に大西町となる天明町絵図では社家2・町人屋敷32当町の山すそには,浄土宗の地蔵院,社僧の華蔵院,大願寺の西隣に末寺の大蔵坊があったが,近代になり廃寺となった神社出口から御手洗川を挟むように西松原が延びるかつて熊毛洲と呼ばれる砂州であったが,水害によって流れ出た土砂を使ってこの松原が築き出されたためなくなった松原の築出し工事は,元文元年・天明3年に行われ,昭和20年水害後にも行われた町内には大願寺・宮島歴史民俗資料館がある現在は,東・西・南・北の4町に分かれている
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7421045
最終更新日:2009-03-01




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