ケータイ辞書JLogosロゴ 大原村(近世)


広島県>大柿町

 江戸期〜明治22年の村名。安芸国佐伯郡のうち。広島藩領。能美島東が分村して成立。村高は,正徳2年所務役人頭庄屋郡邑受方記791石余,「芸藩通志」823石余,「旧高旧領」834石余。「芸藩通志」では,畝数104町余,戸数446・人数2,564。神社は坊地亀甲山上の八幡神社,承平2年の創建(能美島志),縁起は柿浦の鳶か子島北端の海上に光り輝くものを里人の左衛門正助友が拾い上げ,夢のお告げで八幡の神体であることを知り,これを祀ったという。同社の祭りは「毎歳以八月十六日駕神輿而出干海浜。又九月十六日有劔舞御湯之儀式矣。社頭有神木連理榊也」という(能美島志)。現在も行われるヨゴロ(前夜祭)の獅子舞は,30〜40人の囃にはやしたてられ獅子面を付けた少年が踊り狂う神楽である。翌日は3体の神輿が浜宮へ渡御し,その帰途激しいもみあいを行う。ほかに矢地津の金刀比羅神社,祭神上筒男大神・中筒男大神・底筒男大神,祭日旧暦3月10日・10月10日。東沖の胡子神社,西沖の叶松神社,小島新開の小島胡子,峰の荒神社,坊地の稲荷社,堀の松王社がある。寺院は佐古の宝持寺,縁起は大同年間厳島存光坊寂如阿闍梨により真言宗密教の道場として創建,当時嶺雲山福納寺と称したという。のち兵乱のため焼失し,長く廃寺であったものを山野井源兵衛が臨済派禅宗寺院として再興し寺号も宝持寺と改めたと伝える。真宗の青木山妙慶寺は大永年間山野井入道宗和の母妙慶尼の開基という。元文2年小島新開を開拓。元治元年農兵制が設けられ,当村農兵一覧名簿によると,農兵与頭役1名・農兵伍長若干名。第1回長州戦争の際は動員されなかったが,第2回長州戦争では広島に出動し大砲・火薬の運送,また廿日市では前線の弾薬などの輸送に従事している。産物は赤目張魚(芸藩通志)。明治4年広島県に所属。同6年大原小学校を創立。同11年頃村内は重井組・山口組とに分かれていたと思われる。同15年郵便局開局。同20年の戸数841・人口3,408。同22年大柿村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7421071
最終更新日:2009-03-01




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