ケータイ辞書JLogosロゴ 大屋村(近世)


広島県>西城町

 江戸期〜明治22年の村名。奴可郡のうち。広島藩領。明知方。村高は,元和5年「知行帳」600石余,「芸藩通志」「天保郷帳」「旧高旧領」ともに906石余。「芸藩通志」によれば,戸数113・人数513,広さは東西30町・南北2里15町,飛郷は今西と衣木,牛164・馬65,「本郷は谷水のみにて旱傷に苦む」とあり,衣木は「山深く寒所にて鉄穴を以生理の助とするのみ」とある。神社には岸神社・竜王社・天満宮がある。竜王社は今櫛山の八合目付近にある今櫛池の中に鎮座する。今櫛池については「芸藩通志」に「永禄中宮景盛の女,照日前,故ありて自ら此池に身を投げ溺死せり,その櫛の浮べるより,山名も改むといふ,初は朝日山と称せしよし,今この地,婦女は登ることを禁ず」とある。竜王社では雨乞祈祷のほかに雨乞行事として,「こきりこう踊り」が行われ,山口家に伝わる明治26年の「古記里躍歌」が最も古い歌本。曹洞宗恵日山観音寺は慶長7年に菅村徳雲寺の僧白翁の開基と伝える。鉄山業も盛んでなく,しばしば藩から救恤米銀を受けている(国郡志書出帳)。明治4年広島県に所属。同8年漸進舎開設,同12年大屋村中迫村連合公立大屋小学教場設立,黒谷には黒谷巡回授業所を置く。明治9年飛郷の衣木は熊野村の一部となる。同18年中野村の飛郷塩田を当村に編入。同20年黒谷巡回授業所を廃し,小学校は大屋簡易小学校と改称。同21年天然痘が流行。同年の戸数151・人口947。同22年美古登村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7421090
最終更新日:2009-03-01




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