ケータイ辞書JLogosロゴ 大屋村(近代)


広島県>呉市

 明治22年〜昭和26年の安芸郡の自治体名。大字は編成せず。明治24年の戸数231・人口1,303,昭和26年の世帯数1,282・人口5,094。明治36年国鉄呉線海田市〜呉間が開通し天応駅開業。同38年には呉線浜崎仮停留所開設により,明治32年に開設された浜崎海水浴場がいっそうにぎやかになる。移民も盛んで同35年まで105名が渡航している(呉市合併25周年記念誌)。昭和13年に広島〜呉間道路が開通,同17年に省営バス運転開始。交通の発達に伴い昭和15年以降セーラー万年筆・守安ドリルなどの企業や呉海軍工廠工員宿舎などの海軍施設が呉市から相次いで転入。同20年8月6日には原爆被爆者を大屋国民学校に収容。第2次大戦後は広島・呉両市で空襲を受けた人たちの受入地となる。同22年大屋村立中学校創立。同年芸備造船工業創設。同26年天応町となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7421101
最終更新日:2009-03-01




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