ケータイ辞書JLogosロゴ 小多田村(近世)


広島県>黒瀬町

 江戸期〜明治22年の村名。安芸国賀茂郡のうち。広島藩領。村高は,元和5年「知行帳」,「芸藩通志」「天保郷帳」「旧高旧領」ともに238石余。「芸藩通志」によれば,畝数28町余,戸数113・人数513,牛67・馬4。庄屋は文政〜嘉永年間岡屋,嘉永年間国野屋,明治3年木原氏の名が見える。氏神は字道面(免)にある道面八幡神社,貞和3年山城国八幡を勧請と伝える。小祠は宮の迫に穀神社,市沖に胡社がある。寺院は字保田にある源光寺,仏照山と号し浄土真宗本願寺派,もとは保田庵といい長慶寺とも称し,浄土宗(明治37年頃まで)であった。のち四国から源光寺を引寺してその跡に建てたという。小堂は観音堂・地蔵堂。柏清水が馬場の鼻,牡蠣岩が上田山にあり,牡蠣の殻を多く付けているという(芸藩通志)。明治4年広島県に所属。同22年板城村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7421193
最終更新日:2009-03-01




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