ケータイ辞書JLogosロゴ 苧原(中世)


広島県>尾道市

 室町期から見える地名。備後国御調【みつぎ】郡のうち。小早川平宛応仁3年2月27日付将軍家御教書(小早川家文書)に「去二月十日於備後国苧原合戦之時,一族親類被官人等,合力山名弾正忠是豊,致粉骨」,また山内豊成宛の同年3月20日付山名持豊感状(山内首藤家文書)に「去二月十日於備後国苧原合戦之時,親類被官人致粉骨之条,尤神妙之至也」とある。応仁の乱の際,東軍方の備後国守護山名是豊は,当地で西軍の山内豊成と戦い,沼田小早川氏の一族・被官の合力を得て勝利を収めた。当時,当地は木梨杉原氏の勢力圏にあったと考えられるが,のちには毛利氏領となった。なお永享7年8月21日付備後国先達道者宿坊願文(熊野那智大社文書)によれば,紀伊の熊野那智に参詣した平宗光・清原光清に「同国郡苧原ノ大崎」「同苧原江木」と添書きがある。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7421226
最終更新日:2009-03-01




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