ケータイ辞書JLogosロゴ 小古江村(近世)


広島県>大柿町

 江戸期〜明治22年の村名。安芸国佐伯郡のうち。広島藩領。能美島東が分村して成立。村高は,正徳2年所務役人頭庄屋郡邑受方記や「芸藩通志」ともに156石余,「旧高旧領」166石余。戸数・人数は,寛永15年本家8・小家浮過4,享保5年43・177,宝暦12年39・201,寛政4年59・279,文政2年153・608(大柿町史)。神社は郷の天日社,祭神天ノオシホミミノ神・祭日旧暦9月15日,明神鼻の姫宮,祭神塩浜大明神・祭日旧暦6月17日。土地開発は寛文10年・天保13年村内有力農民によって行われている。寛延年間に「時せつからあしく御座候而人民難儀仕候并浮過之もの共困窮致し候ニ付」塩浜1か所が開発されている。天保3年塩浜8反9畝を開く。天保年間以降の開発では古婦斗新開・余防新開・横あし新開・西浜新開・東浜新開と計1町7反余が新開地詰帳に高付されている。塩田経営は天保13年塩浜8反9畝余が高付され,明治10年代まで存続し,同13年の小古江村物産表には塩田8反8畝26歩,塩55石とある。享保13年小古江村野山腰林帳では村民入会野山3・腰林7。産物は楮・綿・芋・蕎麦・唐黍・大根・大角豆・さや豆・小豆・空豆・猿豆・あらいも・牛蒡・苣・蕗・分葱・根深・茄子・木瓜・瓜・冬瓜・南瓜・茗荷・胡麻など(国郡志書出帳)。畑作は麦・琉球芋が多い。船数は文政2年に40石積2・28石積3・10石積1,明治3年に4反帆7・3反帆9の計16。船は肥料としてのごみを積みに行くために使用されたものと思われる。明治4年広島県に所属。同11年頃までには小古江小学校が開校。同20年の人口は906。同22年大柿村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7421241
最終更新日:2009-03-01




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