ケータイ辞書JLogosロゴ 海田原村(近世)


広島県>吉舎町

 江戸期〜明治22年の村名。備後国三谿郡のうち。広島藩領。村高は,元和5年「知行帳」では「か板原村」と見え317石余,「芸藩通志」317石余,「天保郷帳」でも加板原村と見え317石余,「旧高旧領」317石余。宝暦11年の戸数74・人数220,牛18(御巡見様御通筋覚書)。「芸藩通志」によれば,戸数47・人数381,牛63・馬1,村の広さは東西2町・南北10町,石見路(赤名越)往還に沿った村,神社に熊野神社,寺院に浄土真宗正法庵があった。同寺は慶長3年出雲国尼子氏の家臣井上唯右衛門の開基,もと禅宗であった(明治44年12月現三良坂町へ移る)。明治4年広島県に所属。同18年頃松江尾道線の道路改修工事が行われ,近世期当村を通過していた往還は路線変更で消滅した。同21年の戸口は74・397。同22年吉舎村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7421263
最終更新日:2009-03-01




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