ケータイ辞書JLogosロゴ 柿浦(近代)


広島県>大柿町

 明治22年〜現在の大字名。はじめ大柿村,昭和2年からは大柿町の大字。明治24年の戸数410・人口2,505。柿浦小学校は,同年柿浦尋常小学校となり,同28年補習科併置。同年波止場を建設。同37年呉商工銀行の支店設置。昭和2年乗合バス開通。さらに同5年には芳本兄弟自動車商会が6人乗りT型フォード2両で乗合バスを始めた。同23年日本通運柿浦営業所開設。明治18年に進出した韓海漁業では,シバリ網・イワシ網が行われたが,昭和20年幕を閉じた。第2次大戦後の漁業はイワシ網・打瀬,その他の漕網・雑網・ノベナワ・一本釣・タコツボ・タイシバリ・タイゴチ・潜水器などである。そのほか垂下式の牡蠣養殖が昭和5年頃上大泊・下大泊で行われたが,5,6年で失敗,しかし戦後再開した。また真珠の養殖が早瀬瀬戸・大泊・沖野島片山などに筏を下ろして行われた。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7421277
最終更新日:2009-03-01




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