ケータイ辞書JLogosロゴ 上殿河内村(近世)


広島県>戸河内町

江戸期〜明治15年の村名安芸国山県郡のうち太田川上流の北側河岸段丘山間地に飛郷が位置する広島藩領蔵入地天正末年の吉川広家領地付立に殿場内38貫とあり(吉川家文書),これが殿河内村にあたる殿河内村は,慶長6年検地では,いったん戸河内村に組み込まれ,寛永15年地詰で分村さらに正保2年に上殿河内・下殿河内の2か村に分村して成立村高は正徳2年の所務役人頭庄屋郡邑受方記,「芸藩通志」「旧高旧領」ともに420石余村は本郷・長田・箕角の中心集落のほか,高下・沖ノ原・辺森(現加計町),井仁・小原・砂ケ瀬【ごみがせ】・吉ケ瀬【よしがせ】・田之尻・向光石【むこうみついし】・念仏谷【ねぶたに】などの枝郷・飛郷で構成享保12年山県郡村々諸色覚書によると,家数は本百姓145・小家22・浮過1,人数800「芸藩通志」によれば,畝数51町余,戸数211・人数1,405,牛135・馬2,舟6農間の山稼では,御用材木・御用板・下駄・炭・割木等を製造紙漉には71人が従事し,諸口・海田・塵紙などの諸紙を製し,商品作物に楮・茶・煙草があった氏神は,箕角・今西・井仁にそれぞれ大歳社寺院は浄土真宗の明国寺があった(国郡志書出帳)明治4年広島県に所属明治15年上殿村と改称
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7421443
最終更新日:2009-03-01




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