ケータイ辞書JLogosロゴ 川北村(近代)


広島県>神辺町

 明治22年〜昭和4年の自治体名。はじめ安那郡,明治31年からは深安郡に所属。大字は編成せず。大正期には字七日市に役場,古屋之内に川北小学校・深安実業学校が設置されていた。明治24年の戸数338・人口1,550。大正3年戸数410・人口2,009,牛54頭(川北村誌)。同10年頃の戸数435・人口2,181(男1,054・女1,127),家畜種目別飼養戸数・頭数は牛36・38,馬7・8,ニワトリ69・461,工場数は綿織物15,綿糸染色5,綿糸紺糸4。明治24年川南村の安那第一尋常小学校から分離し神辺尋常小学校が設立される。大正11年の生徒数316(郡制二十五年 深安郡)。同12年深安郡高等実業補習学校が深津村から字小屋へ移転された。銀行は大正7年第六十六銀行派出所が,同9年芸備銀行派出所が開設(同前)。同10年当村と周辺5か村の小作農民は耕地返付共同申出・小作料軽減・小作契約改革の諸要求の運動を展開し,同11年小作米低減期成同盟会を結成(福山市史)。昭和4年神辺町の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7421522
最終更新日:2009-03-01




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