ケータイ辞書JLogosロゴ 木梨山方村(近世)


広島県>尾道市

 々掌祐〜明治7年の村名。備後国御調【みつぎ】郡のうち。広島藩領。蔵入地・給知が入り交じる地。村高は,元和5年「知行帳」では「きなし村」826石余のうち,のち木梨村から分村,正徳2年所務役人頭庄屋郡邑受方記や「芸藩通志」「旧高旧領」ともに247石余。「天保郷帳」では木梨村905石余のうちとある。「芸藩通志」によれば,戸数81・人数367。村の広さは東西12町・南北19町,牛49・馬7,農間余業で藺蓆(畳表)を織る。御調郡藺作十四か村の1村。池に和古世池がある。廃寺跡に東光寺ともと律宗医王薬師院と称し,木梨家の祈願所で慶長10年堂宇焼失とある中泉寺がある。明治4年広島県に所属。同7年木梨村の一部となる。¬声15〜22年の村名。御調郡のうち。もとは木梨村の一部(旧木梨山方村)。明治21年の戸数71・人口428。同22年木ノ庄村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7421640
最終更新日:2009-03-01




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